2006年10月27日

ルールって何だ?(2)

前回から引き続き、「ルールを守れない子」を例に、考えてみたいと思います。

巡回相談という形で、いくつかの学校をまわっているうちに気づいたことなんですが、「ルールが明快な教室」と「ルールがあいまいな教室」があるように思います。

「ルールがあいまいな教室」では、「ルール」よりも、その時どきの「先生の指示や態度」が子どもたちの行動の基準となります。ところが、クラスの中には1人2人、「先生の指示が通りにくい子」、先生の態度や周りの状況で「察することができない子」がいます。(その子たちも「支援」の必要な子だと私は考えます。)

先生にとっては、その子たちの言動に困ってしまう。授業中なのに「話の流れを無視して勝手にしゃべりだすし、立ち歩いたり教室を出て行ったりしてしまうし・・・・いちいち叱るのも追いつかないでいるうちに、ほかの子たちまで同調しはじめて、その子だけでなく、学級全体にだんだん先生の指示が通りにくくなってくる。。。クラス全体に落ち着きがなくなり、先生はいつも大声を張り上げていなければいけない状況になり、やがて指揮を取れなくなっていく・・・・。だから、こういう子たちは「学級崩壊の元凶」などとレッテルを貼られがちなのでしょう。先生から見れば、あの子さえ何とかなればこんなに苦労はしないのに、という気持ちになってきてしまいますよね。

私が見ただけでも、複数の教室で見られた傾向ですから、このパターン、決して少なくないのでは? かくいう私たちも、時に同じパターンに陥って、途方に暮れることがあります。うちのグループ指導は「指示が通りにくい」「察することができない」という要素を持ち合わせた子たちがそろっていますから、それはもう・・・・。

でも、彼らと付き合ううちに、ようやく確信を持てるようになってきました。彼らは悪意を持ってルールを破ろうとしているのではなく、あいまいなルールを理解しにくかったり、場合によって通じたり通じなかったりしてしまうためにルールに気づかなかったりしてしまうのではないでしょうか。

前置きばかりで、なかなか本題に入れません。次回こそ、「ルールの明快な教室」と「ルールのあいまいな教室」のちがいを具体的に書きたいと思います。

昨日が1週間ぶりの更新じゃないか!とお叱りをいただきました(笑) いろいろと立て込んでいる今日この頃ですが、ちょこちょこ更新していきますので、ちょこちょこチェックしにいらしてください。

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2006年10月26日

ルールって何だ?(1)

「あの子はルールを守らず勝手な行動をする。どう対応したらよいか?」という質問を先生から受けることがあります。

ルールあっての集団生活ですから、勝手な行動をされるのは困る・・・というのはよくわかります。

「ルールを守らない・・・・というのは具体的に、どういう場面の、どんなルールを守れないのですか?」と、逆にこちらから尋ねたら、

「例えば・・・・、授業中に、内容と全く関係ないことを勝手にしゃべり始めるので、授業を中断させられてしまうんです」とのこと。

ああ・・・。

その子は、もしかしたら、「ルールを破っている」つもりではなく、「ルールがわかりにくい」のかもしれないなぁとか、「悪気はないけどルールをすぐ忘れてしまう」のかもなぁ・・・などという可能性が私の頭には浮かびます。なので、「ルールを破る子にはどうしたらいいか」というより「ルールを分かりやすくすること」「ルールを思い出しやすくすること」ができないかを考えられないかな・・・・と、私は思うのですが、それがどういうことなのかを先生方に説明するのにいつも苦労します。

※と、このあたりまで書きかけたまま行き詰まり、更新できずにいたら、たまたま「うるとらまる」さんのブログ<いつでも「いっぱい、いっぱい」>で、~「対処」までは理解できるが「対応」までいっていない~という表現に出会いました。

ああ・・・・。それそれ。私が上手く書けずに投げ出していたのは、それに近い気がします。

つまり、「ルールを破る子」自身への対処も必要ですが、それだけでは大抵、解決に至らないのです。「ルールを守れないのは、なぜなんだろう?」という本質的な部分を理解し、それを踏まえたうえで、その子を取り巻く環境へのアプローチも考えていきたいのです。

次回に続けましょう。みなさんもご一緒に考えてみてください。

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posted by はるえもん at 17:05| Comment(4) | TrackBack(0) | (旧)叱るとき | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

子どもの「暴言」に真っ向対決しない。(3)

前々回前回からの続きです。

「暴言」などの表面的な行為と対決するのではなく、背景にあるものと向き合わなければ、と思います。

でも、「なんでそんなこと言うの?」と当人に尋ねたところで、本当の理由を話してくれることは、まずないでしょう。わからないから、うまく話せないから、「うるせー!」なのですよね。

だから、察してあげられるかどうか、にかかっているような気がします。大人の「思い込み」ではなく、日頃からの観察と、正しい知識に裏付けられた想像力を総動員して。その子が本当は何に困っているのか、本当は何を心配しているのか、本当は何がイヤなのか、ピタリ当てられたら、きっと子どもにも伝わります。「僕のこと見ていてくれてるんだ」「私のこと、わかってくれてるんだ」と。大げさなことではなくても。

前回の例で続けましょうか。「今日はこれをやるよ」と伝えたら、「やだ!」と返ってきた時、「なんで?」と聞いてあげて、もしも「だって~~なんだもん」と理由を話してくれれば、そこから交渉の余地が出てきます。一方的な説得ではなく、子どもの言い分も聞いたうえでの「交渉」。それがコミュニケーション力を育む基本ではないでしょうか?

でも「やだ!」を通り越して、いきなり「うるせー、ばか」だったら?

「対決しない」と強調していますが、もちろん、「暴言」を良しとするつもりはありません。「そういう言葉には応じません」という毅然とした態度で「乱暴な言葉は認めない。人を傷つける言葉は許さない」というオーラだけは放ちつつ、さらっと、淡々と、静かに応じたいものです。踏み込むのはその裏側。「暴言」の背景にある子どもの気持ちに向き合い、寄り添う・・・・。(namiママさんのブログで最近キーワードになっている「母性と父性のバランス」って、うまく言い当ててるなあと思いますね)

「やだ!」あるいは、その展開形「うるせー、ばか」の背景は?と探ってみましょう。

○この子にはちょっと難しい課題だな。だからイヤなのかな?・・・・と見当をつけたなら、「だいじょうぶ。これちょっと難しいかもしれないけど、先生がゆっくり教えながら一緒にやるから、できるよ」と言ってみる。それで「一緒にやって課題をこなせた」という成功体験を得られれば、その子は一つ獲得するでしょう。「難しいかも、自分にはできないかも」という課題を渡されたときに、「うるせー、ばか」ではなく、「わかんないから、教えて」とか「難しい問題はとばして、あとで先生とやってもいい?」という言葉を。

○なんかいつもより疲れてるのかな?眠そうだし。・・・・と気づいたなら、「今日プールがあったの?」ときいてみる。理由を子どもに確かめることができれば、お互いに納得の上で「それで疲れてるんだね。じゃあ、今日は半分だけにしておこうか」と妥協できるでしょう。その子はまた一つ獲得するでしょう。疲れていてがんばれないとき、気分がのらないとき、「うるせー、ばか」ではなく、「今日は運動会の練習でくたくたなんだ」とか「こんなにたくさん、無理だよ。少し減らしてくれない?」という言葉を。

理由を聞いてもらえる。察してもらえる→「~~なのかな?」「だったら、こう言おうね」と、暴言に代わる適切な言い方をモデルとして示される→その言い方を、その子が実践してみる→本人にとっていい結果をもたらす→その子の言葉として取り込まれていく。

そんな好循環を作っていきたいのです。

自分の心に余裕がないとできませんね。

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