2011年11月20日

分かるように教えないと、伝わりませんね。

中学の特別支援学級に通うAくんには、最近個別学習指導で作文を教えています。

先日、Aくんが自分から、「昨日学校で書いた作文と同じテーマで書きたい」というので、わけを聞いてみたら

学校で先生に「厳しく指導された」作文に、もう一度挑戦したいのだと言います。

カレーの作り方の手順を説明する文を書いたらしいのですが、料理は彼の得意分野。

どこが悪いと指摘されたのか聞いたところ

「くどい」「甘い」

と先生に言われ、書き直しになったそうです。

なんかアメリカのケーキみたいですが、

だからどうしろと?

「金子先生、どうしたら、くどくない文になるの?」と、Aくんが聞いてきます。

そうだよね。もっと具体的に言ってくれないと分からないよね。

「くどい」と言われたのは、どんな文だったの?

「『ニンジンを切って、ジャガイモを切って、玉ねぎを切って・・・・・』って書いた」

あー、そういうことか。

自閉っ子のAくんは、体験や出来事を映像的に記憶していて、文章を書くときは頭の中でビデオを再生するように思い出しています。だから、話すときも書くときも、、したこと・起こったことを順に羅列してしまう傾向があるのです。(昔は遠足の作文を書かせたら、朝起きたところからスタートしていたっけ。これでもたいぶ要領よく書けるようになってきたんですけど)

脳裏で再生される映像をそのまま言語化する結果、「~して、~して、~して、・・・」とか「~したり、~したり、~したり・・・・」という文になってしまう。それを「くどい」と言われれば確かに否めませんが、彼には「くどい文」と言われても意味が伝わらないのです。

それにしても、「内容が甘い」っていうのはどういうことですか? これは私も意味がわかりません。当然、Aくんに「それ、どういうこと?」と聞いても首をかしげるばかり。「じゃぁ、どういう風に書いたら甘くならないわけ?」とぼやいたら、Aくん、ぽつりと

「にがく書く」

そうなるわなぁ。字義どおりですから、彼らの理解は。

だいたい、作文を「これじゃ甘いよ」なんて、ケチをつけただけで、なんの助言にも指導にもなってないじゃないかと、一人ぶつぶつ言ってたんですが (Aくん、しゃべっちゃうだろうな。金子がこう言ってたって、先生に ^ ^;;)

先生には先生なりの、教えたいことがあったのでしょう。

でも、やっぱり、彼らに分かるように伝えてあげてほしいものです。

ちなみに、私からは、次のように助言しておきました。(「くどい」「甘い」を私なりに解釈して、ですが)

  • 同じカテゴリーのものは一つの言葉でまとめよう。

    例)にんじんを切って、ジャガイモを切って、玉ねぎを切って  → 野菜を切って

  • 「~して、~して・・・」とだらだら続けるのではなく、一つの文は短くして、文と文を“つなぎ言葉(接続詞)”でつなぐといいよ。  

    例)野菜を切ります。それから、肉を炒めます。

先生、これであってますか?

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引越し以来、いろんなものが行方不明中で、ちょっと困ったものです。

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posted by はるえもん at 18:12| Comment(6) | TrackBack(0) | (旧)配慮してあげてほしいこと | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

で、卒業文集の原稿清書の支援はどうなった?/ご賛同ありがとうございました。

3月7日に<30年変わらぬ卒業文集の書式が、注意集中や読み書きの苦手な子にどれほど困難か> という記事を書きました。中断していましたが、今日はその続きです。

前記事で、こういった課題の見えない「無配慮さ」についてお伝えしましたが、文句を言っても始まらない。明日出さなければならないという原稿を、とにかく1時間で書きあげるにために私が手伝ったことは、「ラクに作業を進められる条件をいかに整えるか」。

「ラクをする」というのは、悪のように、教育現場(特に日本)では言われがちですが、そもそも正しい鉛筆の持ち方や正しい姿勢というのは、それが、余分な力が余分なところに入らない「最もラくな姿勢」なのです。でも、ともすれば教育現場(特に日本)では、「姿勢を正しなさい」「シャキッとしなさい」「背中をピンとしなさい」ということばで表現するために、姿勢の維持が難しいお子さんは、かえって背中や肩、腕などに変な力が入って、余計に長時間課題に集中することを困難にしてしまいがちです。

早く、早く。早くやらないと、間に合わないよ・・・!と焦るAくんに、「まぁ、まぁ、まずは準備を整えようよ」。「まず、椅子をもう少し下げてごらん」はやる気持ちのせいか、心もち机に近寄りすぎ前のめりになっているAくんの椅子の位置を直します。(場合によっては、机・いすの高さの調整や、足が床に届かない子には踏み台を置いてあげるなども大切です) あわせて、写す元である下書き原稿と、写す先の清書用の用紙の位置も整えてあげます。こういったさりげない“調整”をしてあげるだけで、自然と良い姿勢になり、目を動かす距離も負担をへらせる。結果、疲れず集中して作業できるようになるわけです。

次に、筆記用具の選択。これは2Bの鉛筆、HBの鉛筆、シャープペンシルから本人に選んでもらいました。最初、HBの鉛筆でとりかかったのですが、芯の先が丸まってくると、マスの中におさまるように漢字を書くのが難しいことに気づき、「やっぱりシャープペンにする」と途中で自分から変更していました。

そして、「秘密兵器だよ」と、私がとりだしたのが、こちら。

これ、アメリカで買ってきたお土産です。商品名Reading Helper。1ドルもしない手軽さと、プラスチック製なので扱いやすいと思って買ったんですが、要は、今読んでいる行をハイライトし、見ない部分を隠せればいいので、他のもの(色紙や定規)でも代用可能ですね。

これはAくんには助けになったと、本人もあとで感想に書いていました。

そして、下書きの「読みあげ」も必要かな?と思ったのですが、これはやってみたら無くてもできたので、今回はなしです。

その代わり、「消しゴムで消す」作業は、私がやってあげました。なにしろ、小さなマスからはみ出さないように、きれいな字で書く、というのはAくんにとって至難の技。当然、何度も一度書いた字を消すという作業が必要になります。Aくんが消すと、他の字も消えてしまう(⇒イライラしてしまう)だけでなく、そのたびに書く作業が中断され、どこまで書いていたか、次にどこを書くかが分からなくなってしまい、非効率的=負担が大きくなってしまうからです。それから、清書の最中に誤字脱字があったときも、今回は私がその都度指摘することにしました。このタイプの子どもたちは、同時にいくつもの(脳内の)作業をこなすことに困難があります。“字消し役”と“誤字脱字チェック”の役割を私が代行することで、ワーキングメモリーの節約を図ります。

こうした手立てをとりながら、途中5分の休憩をはさんで、1時間ちょっとで卒業文集原稿の清書を終わらせることができました。

教室内での支援や、ご家庭での宿題のヒントになればと思って書きましたが、

これはあくまで、アコモデーション(配慮)的な支援です。

そして、こうした個別の支援を教室で受けることにAくんは常に抵抗を感じています。(だから、たぶん先生に助けを求められず、提出前日まで手をつけられずにいたのだと思います)

だからこそ、

UDL(学びのユニバーサルデザイン)の視点での解決を考えたいと思うのです。

そもそも、この卒業文集じたいが、一部の子どもたちにはアクセスできないようになっているという視点です。

「適応ための負担は、学習者ではなくカリキュラムが背負うべき」・・・・UDL前文より。

次回はそのあたりについて書く予定です。

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3月11日~15日のアンダンテの臨時休講分の授業料払い戻しについてお知らせするお手紙を、全会員様に発送しました。そのうえで、「よろしければ払戻しに相当する金額を今後の運営と、被災地への救援金寄付に充てさせてもらえないか」と、生徒さんたちに呼びかけたところ、とてもたくさんの方々から「払戻し不要」とのお返事をいただきました。なかには、今回休講になった授業には該当していない方々からも、「もし今後あれば」という意思を書いてくださったり・・・・。

本来であればお返しすべき、お客様の大切な授業料。突拍子もない私の勝手なお願いで、お叱りを受けることがあれば甘んじて受けるつもりでいましたが、予想以上に多くの方々からご賛同いただき、胸がいっぱいです。この場を借りて感謝の気持ちをお伝えするとともに、添えられたメッセージ(一部ですが)を、以下にご紹介させてください。

  • お手紙を拝見し、被災地へ寄付していただけることをとてもうれしく思っています。連日、テレビで被災者の痛ましいニュースを見て胸を痛めていました。少しでもお役にたてるなら、ぜひよろしくお願いします。

  • とてもいい方法だと思います。大賛成です。もしできるなら、発達障害の子供さんたちのケアに役立つ形で寄付していただけるとありがたいです。日常が崩れたり、避難所で不安や不快が強くなっていたり、定型発達の方々よりもつらい思いを感じていると思うので・・・。「もしわが子だったら・・・」と思うと、何かせずにいられません。

  • 丁寧な資料をありがとうございます。息子は停電中でも電車さえ動けば授業に行かせてもかまいませんよ。先生方も大変ですが、困難を乗り越えていただきますようお祈りいたします。何かお手伝いできることがありましたら、遠慮なくおっしゃってください。

  • 今、日本全体で頑張らないといけない時ですよね。皆で協力し合って乗り越えていきたいですね。“アンダンテ”が大変な時は一緒に頑張りたいです。先生方、頑張りましょうー!

ありがとうございます。アンダンテの業務・授業は、節電を心がけつつ、ほぼ平常通りになりました。救援金は、まとまった時点で受付団体に送ります。

一人ひとりが、すべきこと、できることを、精いっぱい。そのことを常に念頭に置きながら。

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posted by はるえもん at 22:20| Comment(4) | TrackBack(0) | (旧)配慮してあげてほしいこと | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

30年変わらぬ卒業文集の書式が、注意集中や読み書きの苦手な子にどれほど困難か。

先日、6年生のAくんが「先生、今日はこれをやる」とカバンから出したのは

卒業文集の原稿。下書きを清書用の紙に写すという作業が学校で終わらず、家でやってくることになっているらしい。

今日は「正負の数の減法」の予習をやるつもりで準備してたのにぃ。。。と、がっかりする私に「明日までに出さないと、ぼく卒業できないんだ」と訴えます。

あぁ、私が最後の砦なのね・・・、とAくんの切羽詰まった心境が伝わってきました。

想像してみてください。

A4の半分(=A5)のスペースに、約800字の原稿を収める、という卒業文集の書式。つまり、新聞の活字を一回り大きくしたぐらいのサイズの字で、マスに埋めていかなければならない。しかも清書用の紙は、あれ、なんていう用紙ですかね? 印刷に写らない薄水色の線で書かれた原稿用紙。あの水色の線、見づらいんですよね。悲しいかな、老眼が入ってきた私にもつらい。

大人の私でもうんざりするような作業なワケですが、これがADHDの診断がついていて、字を書くことも人一倍苦手なAくんにとって、どれほど大変なことか・・・・6年間付き合ってきた学校の先生たち、気付かなかったのかな。それとも、Aくんが「できない」と伝えられなかったから? (後者の可能性も高い)

何より驚きなのは、これと全く同じものを、私自身が小学校6年生の時にやった、ということ。

Aくんの出した用紙を見て、思わず「昭和かっ!」と突っ込んでしまいました。

あとで3つ年上の友人に「小学校の時、こういう紙で卒業文集書かなかった?」と聞いたら、「おれ、ガリ版だった・・・」。 世代のラインがここで引かれました。

そう、これは当時、最新の印刷技術だったのですよ。ガリガリやらなくても、書いたそのままの文字が印刷できるようになった。でも、コピーはまだまだ高値だった時代。

平成になり、21世紀になり、その間に、「ぷりんとごっこ」ができ、ワープロができ、パソコンがが主流になり、家庭用プリンターも普及し、そして今やペーパーレスの時代。コピー機だって拡大縮小機能など、いろいろな機能がつき、ついにはホチキス留めまでしてくれる時代。

世の中はそれだけ進歩し、学校の先生だってパソコンでテストや学級通信作るのが当たり前の今、なぜ、30年前と同じ紙に数ミリサイズの文字を800字書かなければいけない・・・・?

子どもの頃の私は、作文が好きだったし、細かい作業も得意だった。だから、それは苦ではなかった。だけど、みんながそうというわけではないのです。

そもそも、ワーキングメモリーをフル稼働しなければならないこのような作業は、Aくんのようなタイプの子どもたちには、とても困難をきたします。 

小さなマスの中に「事」とか「夢」という字を収めるのに苦戦するAくん、はみ出ては消しゴムで消す。そのたびに他の字も消えてしまう。イライラする。爆発しそうになる。だから怖くてできない。やらない。で、できなかったから、「家でやってきなさい」と言われ、今に至っている。

彼ができなくて癇癪を起こすとしたら、それはADHDだからではなく、この作業があまりにも彼の苦手さに無配慮だからだと思うのです。

ふと頭に浮かんだのが、UDL(学びのユニバーサルデザイン)ガイドライン5の2項の解説にある、こんなくだり。

学校では、新しいリテラシーのツールよりも昔ながらのツールにこだわる傾向があちこちで見られる。この傾向には、いくつかの弊害がある。

1)生徒たちの将来に対応できない。 2)実行できる内容と教える手法の幅が限られてしまう。 そして、もっとも重大なのは、3)うまくできる生徒が限られてしまう。

「パソコンを使ったら、書くのも消すのも一瞬でできるのに」と、Aくんがつぶやきます。

「私もそう思う」と、ついつぶやき返してしまいました。

この1年半かけて、Aくんにキーボードの操作を教えてきたのに、それが全然生かせない。(学校だってパソコンの授業やってるのに)

せめて、大きな原稿用紙に書かせて、縮小コピーするとか、「今すぐできる手立て」があるにもかかわらず、薄水色のA4半分の原稿用紙を前に、その手立てを打てないジレンマ。

しかし、ここで時代遅れな用紙に愚痴っていても始まらないわけで、とにかくあと1時間余りで完成させられなければ、「アンダンテの先生なら、力を貸してくれる」と期待してくれたAくんに応えられない。。。

そこで、どんな“支援ツール”を使って対処したか、次回にご紹介します。

さらに、UDL的にはどう解決するか、そのあとに考えてみたいと思います。

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posted by はるえもん at 21:51| Comment(7) | TrackBack(0) | (旧)配慮してあげてほしいこと | 更新情報をチェックする